新聞記事


2000年8月17日 日本経済新聞

薬物依存克服、被告に研修

覚せい剤や大麻などに関する薬物事犯で起訴された保釈中の被告を対象に、東京都内の非営利活動法人(NPO法人) が薬物依存から立ち直らせるための研修プログラムをスタートさせた。覚せい剤事件では再犯率が約5割に上るなど 保釈中や執行猶予期間中に依存者が再び薬物に手を染めるケースが少なくない。刑事被告人を対象にした こうした取り組みは全国的にも珍しく、同団体は「起訴を契機に薬物と縁を切り、立ち直るきっかけにして欲しい」と 訴えている。

この団体は「アジア太平洋地域アディクション研究所」(東京・渋谷)。薬物依存者への支援活動を続け 実績をあげている民間の任意団体「日本ダルク本部」(東京・台東)が中心となり、今年2月にNPO法人として設立、これまでも 薬物依存者を対象にした講座などを開いてきた。
研修は7月からスタート。群馬県藤岡市内の施設で、原則として保釈直後の1週間と判決前の1週間の計2週間実施する。施設の スタッフ4人はかつて薬物依存になったが克服した人たちで、自らの体験を基に参加者に薬物の怖さを 教える。また、昼夜が逆転するなど、依存者が陥りがちな不規則な生活を改めさせ、食事の用意や清掃などのボランティア活動にも 参加させる。

研修の中で最も重点を置いているのがミーティング。朝は施設内で、夜は前橋市内のキリスト教会などで地元の薬物依存者とも一緒に 体験談や克服方法などを自由に語り合う。中央大学非常勤講師(刑事政策)で同研究所の尾田真言事務局長は、効果について 「参加者が他の依存者と腹蔵なく話し合うことで、自分の状態や、立ち直るにはどうすればいいのかを理解できる」と説明する。
覚せい剤取締法違反(所持・使用)罪で静岡地裁に起訴され、この研修を受けることを条件に、保釈を認められた無職の男性(45)は 「研修に参加して、薬物の本当の怖さを初めて知った」と弁護士に話していると言う。「裁判で罪を認めて反省の言葉を並べても、その後、 薬物の害悪について学ぶ機会がなければ、同じ事を繰り返す可能性が高い」と、弁護士は研修の意義を評価する。
研修の参加費用は「施設の維持費や人件費がかさむ」(尾田事務局長)との理由で2週間で32万円と決して安くないため、同研究所は法律扶助協会などに 資金援助を申請中だ。
国立精神・神経センター(千葉県市川市)の尾崎茂・心理社会研究室長は同研究所の取り組みについて、「薬物依存の治療には通常、年単位の期間が必要とされ、 2週間でどれだけ効果をあげられるかは分からないが、研修を依存克服の動機付けにできるかどうかがカギだろう」と話している。


2000年8月17日 東京新聞

"脱薬物"合宿プログラム 保釈中の被告人「目覚まして」

覚せい剤など薬物犯罪で起訴された刑事被告人に対し、保釈中に社会復帰のための研修プログラムを受けさせる日本で初めての試みを民間非営利活動法人(NPO)法人 「アジア太平洋地域アディクション研究所(アパリ)」(東京都渋谷区)が始めた。今年7月、静岡地裁が静岡県内の男性被告(44)に、群馬県藤岡市にある アパリ研究センターでの研修参加を条件に保釈決定を出し、男性被告はプログラムに参加した。薬物問題に詳しい弁護士は「生活の基盤づくりが保釈中にできる意義は大きい」と 話している。

プログラムは保釈直後と判決前の約2週間、同センターで実施される。ここでは通常、10数人の依存症患者が規則正しい生活を送りながら薬物を断って社会復帰を目指しており、男性被告も合流。 朝夕のミーティングでお互いの体験を話し合いながら自分自身を見つめ直したり、薬物依存についての知識を修得して更生への意識を高めた。
昨年11月、覚せい剤取締法違反で逮捕されたこの男性被告は、同法違反の前科が3回あったが、保釈許可決定を受けた。プログラム終了後、あらためて同センターに入寮、現在判決を待っている。男性被告は 「『常習性』の意味と怖さがやっと分かったし、自分だけでなく他人を傷つけていたことも知った。将来、自分の体験を生かして依存症患者の為に働きたい」と話している。

刑が確定するまでの期間を利用し、薬物を断ち切るきっかけをつくる今回の試みについて「薬物問題を考える会」代表の小森榮弁護士は「少年の場合に家裁の調査官がつくのと同じ考え方。成人は今まで野放しだったが、裁判中に 更生の意味を被告人に納得させることは意味のあること」と話している。


2002年1月8日 読売新聞

薬物依存の治療を刑罰より優先する動き

社会復帰へ向け司法判断も変わる

薬物使用者に対する司法判断に変化が見られる。刑罰だけに限らず「薬物依存」という性癖からの脱却を視野に入れた社会優帰の手法で、成果が注目される。

大阪本社地方部 竹村 登茂子

従来、成人の薬物使用の逮捕歴が複数回なら、司法判断は実刑だった。しかし専門的な生活習慣の是正などを勘案して実刑を見送る例が最近、見られる。
この動きの原動力の一つになっているのが、薬物事件の再犯を防ぐ活動をしているNPO「アジア太平洋地域アディクション研究所(略称・アパリ=群馬県藤岡市)」だ。ここでは起訴後、保釈された刑事被告人に対して、正しい薬物に関する知識や、規則正しい生活などの指導を約二週間行い、成果を裁判所に提出している。これまでに十人が保釈中に入所して改善指導を受け、うち二人が、薬物事件の再犯者ながら大阪、札幌の裁判所で、実刑ではなく「執行猶予」の判決を受けた。
昨年十月に判決が出た札幌の事例は、覚せい剤取締法違反で二度目の刑事処分をうけた男性(34)に対するものだった。男性は、保釈中に「薬物依存」状態を改善するためにアパリに通い、「依存」を克服した。この点を裁判所が実刑回避の判断材料にした、といえる。
同様の例は、少年の薬物事件でも始まっている。福岡弁護士会の池田耕一郎弁護士は昨年春、覚せい剤取締法違反で身柄を拘束された十八歳の少女を担当した。それまで少女は約一年間にわたって覚せい剤を使用し、頻度などから少年院送致の可能性が高いと思われた。
しかし付添人池田弁護士は「これは薬物依存の病気であり、治療を優先するべきだ」と主張。薬物治療で実績のある国立肥前療養所(佐賀県)の医師と協力して治療計画を作成し、家庭裁判所と話し合って試験観察中に依存症治療を行うことにこぎつけた。この少女は、依存症という「病気」の自覚、誘いを断わるといった自己主張の練習などの治療を約半年間続けた結果、八月に「不処分」の審判が出た。
警察庁によると、覚せい剤取締法違反の検挙者数は二〇〇〇年一年間で約一万九千人。十九歳以下の少年も千百人を超えるなど低年齢化が進み、約七年前から始まっている「第三次薬物乱用期」は延長の兆しを見せる。
日本では正当な理由のない薬物使用はすべて「違法」で、治療の必要性が論じられる前に「刑罰」に結び付く。だが、自己使用を繰り返す人間を刑務所や少年院だけで治療しても、薬物で再逮捕される確率は例年、50%前後になる。
「裁判官自身、同様の判決を繰り返すだけではむなしいと、感じ始めているのではないか。」アパリに三人の被告人の入所を勧めた金井塚康弘弁護士(大阪弁護士会)は説明する。
 ″薬物先進国″アメリカでは、医療機関などで治療することで刑の執行を猶予する「ドラッグコート」制度など、薬物依存症に対する対応は多彩だ。龍谷大学の石塚伸一教授(刑事学)は「長く薬物を自己使用する人は『依存症』という病気だ。犯罪ではあっても依存症者が早く専門性の高い医療機関と連絡がとれるよう、枠組みを変えることが必要」とする。
 薬物汚染が広がる中、規制や刑罰も重要だが、生活習慣の改善や治療に多様な手法が試行される時代となっている。