T・D
30歳 覚せい剤・大麻
Interview :2002/4/20
病気からの回復
クスリをやり続けていたときには、自分が病気だなんて考えもしなかった。
クスリの効果をひたすらに追求していた。どうしたらもっと効きが良くなるか、どうしたらもっとガツンとくるか。クスリを打って何日起きていられるかなんていうことを試したこともあった。まるで、自分の体をモルモット扱いして、人体実験していたような感じだった。それがいかに破滅的で、ある種の自殺願望的な行動だったかということが、アパリのプログラムを受けてみてよく分かった。ストレスからの回避のつもりでやっていたことが、単に破滅的なアディクションだったんですね。僕の病気は、本当に深かったんだと今では実感しています。
まだまだ病気ですね、僕は。欲求が出ますからね、今でも。でも、「最後の一回」だけはもう、止めておこうと思っています。
今まで「最後の一回だ」なんて思って何回、使い続けてきてしまったことか。そして、毎回、打った後に「もう止めよう」と思い続けてきた。「これでもう止めよう」って考えるのに、暫く経てば「今度こそ最後の一回だ・・・」その繰り返しだった。
今は、止め続けていくための仲間ができた。本当にありがたいですね。まだ、クスリの欲求は出てしまうけれども、そのときには仲間と話して解消できますから。
薬物依存症という病気からの回復の、大きな一歩をようやく歩み出すことができたのだという実感があります。
生活リズム
クスリを使っていた頃は、目が覚めてくるのはいつも昼頃だった。一日は仕事をして、一日は休みを取り、休みの日は一人でクスリを使っていた。そのペースに体が慣れてしまっていた。連休のときなどは、ぶっ続けでクスリを使った。逮捕される直前の頃は、シャブを打って仕事に行くようになっていた。タクシーの運転手だったから、打って出た日は仕事にならなかった。妄想が出てしまって、車を停めて運転席でずっとエロ本をめくっていたり・・・。まあ、ひどかった。最低の頃の自分は、あまり振り返りたくない。
プログラムに繋がった今は、朝は7時半から8時半の間に必ず起き、9時ごろに食堂で熱いコーヒーを飲み、9時半からのミーティングに出る。スポーツ・プログラムや陶芸なんかで一日を楽しんで、夜はNAに出席する。このリズムに最近、やっと慣れてきた。
夜はまだ眠れないことが良くある。昔から寝つきは悪い方で、一人暮らしで眠れないときのストレス解消はそれこそクスリくらいしかなかったけれど、今では、眠れないときには食堂に行って仲間と話したり、テレビを眺めながらタバコを一服して部屋に戻る。そうすると結構すんなり眠れたりする。仲間ができた効果の一つですね。
クスリに代わる楽しみ
今はまだみつからない。強いて上げるなら、ミーティングかな。出席していると、クスリを止められているという実感がある。自分の話をうまく吐けない時でも、人の話を聞いているだけで気持ちが落ち着く。ミーティングを終えて会場を出るときには、クスリなしの健康的な一日を過ごせたという達成感がある。
昔の自分は、こういう「心の拠り所」「達成感」を全て、薬理効果に求めてしまっていた。クスリを止めた今、その穴をミーティングが埋めてくれている。
自分自身と向き合う
クスリを使ってきた自分自身の問題がいったい何だったのか、いま、自分なりに一生懸命に考えている。
昔の自分は楽な方にばっかり逃げてきていたなあ、という気がする。ストレスがちょっとでも掛かると、その問題そのものと対決するよりも、「まあいいや。(クスリを)打てば忘れちゃうし」って考えていた。そして実際に打って忘れてしまっていた。
仕事のストレスが多かったですね。とくに対人関係。人に気を使うと疲れちゃう。一人でいるのが何よりも楽だし、誰かといるにしても、気の合う人といるのが楽。でも、気難し屋の自分の性格のせいか、気の合う人ってのがなかなかいない。それで結局、気の合う人っていうのがみんな「クスリを使う仲間」になっていた。
プログラムに繋がって楽になった。クスリを止めようとしている人たちと、毎日いつでも話せるから。社会では普通、「クスリ」って言うだけで眉をひそめる人ばかりでしょ。でも、施設で会う人たちはクスリを使ってきたことが前提だし、クスリを使うに至った状況だってどこかしら共通しているところがある。すごく話し易いし、自分だけの問題だと思っていたことが案外、仲間と共通する悩みだったりすることがある。
たった一人で自分自身と向き合うという行為は物凄く辛いことだと思うけれど、仲間がいると心強い。仲間が力を貸してくれる。
たとえば今、施設の僕の部屋は、研修に来ている若いOT(作業療法士)と相部屋なんです。彼とは正直な話、あんまり気が合わないんですよ。依存症者同士だと痛みを共有できるんだけど、健常者には通じない部分っていうのがやっぱりあってね。たとえば、仲間同士で「俺たちヤク中はさあ・・・」って話し合うのはいいんだけど、若いOTから「あんたたちヤク中はさあ・・・」なんて言われると、なぜかムカッとくる。
でも、そういう無神経な言動がグサッときても、今では愚痴を仲間が聞いてくれるから助かります。昔は、そんな些細なことでもすぐクスリに逃げる理由になっていた気がする。
クスリの使用に直結していたのは「怒り」の感情だったと思う。
ミーティングについて
他の人間の話なんて、昔の自分は聞いているフリだけで、いつも聞き流してきた気がする。自分の考えだけが大事だった。一時間半の時間のうち、自分が話すのは長くても5分くらいで、あとは全部ほかの人の話を聞いているわけだけれども、すごく貴重な体験をしていると思う。
自分で話すときは、言いたいことを2つくらいにまとめて話すように心がけている。最初のうちは、すごく短くコンパクトにまとめて話して「ありがとうございました」と言って打ち切ってしまっていたけれど、徐々に進歩して最近は結構、流れるように話せるようになってきた。ミーティングに慣れてきたのだと思う。
昔の自分のことを考えると、毎日必ず人前で何かを話している日々なんて、考えられない。ミーティングを通じて、話し方を勉強しているような気もする。
まだまだ下手ですね。「もうちょっと話せればよかったのに」なんて思うことがよくある。
「あれ、何を話そうとしてたんだっけ?」って詰まっちゃうと、そこで慌てて「ありがとうございました」なんてことが度々あります。
でも話し終わると、やはり何かを下ろした気持ちになる。たとえば、ミーティングに行く前にはイライラしていて、誰かにぶつけてやりたいと思っていたようなときでも、ミーティングが終わったあとにはなぜかスッキリしてた、なんてことも多いですね。
仲間の話から与えられた気付きも多いです。みんなやっぱりそれなりに問題を抱えている。じぶんだけじゃなかったんだなあって。溜め込んでいるものは人それぞれで、その全てに共感できるわけでは決してないんです。感じるものは、驚きであったり、安心であったり、ときには裁きの対象であったり。いろいろなんだけど、いろいろであっていいんだと思います。言いっ放し、聞きっ放しで分かち合えるというのは本当にいいですね。今の自分にとって、ミーティングは安定の支えになっています。焦りとかイライラとか、感情を不安定にするスイッチがミーティングのお蔭で入らなくなります。
仲間との回復
一人では、薬物依存症からの回復は無理だったと思いますね。一人での回復だときっと、その場しのぎになってしまったでしょうね。相談相手がいなかったら、せいぜい3ヶ月止まったくらいでまた使っていただろうと思う。話し相手がいない状態では、クスリを止めるのも一人、また使うのも一人、ですからね。クスリの事は、話さないとやはり楽にはなれないですね。
家族との関係
物心ついた頃から、父とは全然話さなかった。話すようになったのは、逮捕されてからですね。施設の仲間には、父親の酒の問題で苦しんできた人が多い。僕のうちもやはりその口かな。父は、酒を飲むと何も言わなくなり、仏頂面でイライラを周囲ににじませる人。僕がクスリで捕まったら、「家で飲むのはもうやめる」なんて父は言い出したみたいだけれど・・・。父が飲むと、家の中が暗くなるんです。父の酒では嫌な思いをしてきましたね。
家族との関係についてじっくり考えるようになってきたのも、施設に繋がってからかもしれない。以前は、考えることからさえも逃げていたような気がします。家族の問題をミーティングで吐いて楽になっている人を見ると、うらやましくなる事がある。僕はまだ話せません。話せば僕も楽になれるのかもしれないけれど、話さなくてもいいような気もするし。まだ時間が掛かるのかもしれないし。
でもまあ、とにかく今は家族には信用ないですねえ。プログラムをしっかりやって、少しずつ信用を回復していくしかないですね。
クスリを初めて使った頃
初めて使ったのは7年位前です。23歳のとき。鼻から吸ったんだけど、効いているか効いていないか分からなくて、口から大量に飲み込んでみた。そうしたら気持ち悪くなって、風呂場で倒れてしまった。病院に運ばれて、通報されて、警察が来た。その時はネタはもう持っていなかったから、刑事から説教されただけで済みました。
それが初体験だったんで、その後はずっと止めていたんです。
4〜5年くらい止めていたかな。再開したきっかけは、タクシーの運転手をやっていたとき、向こうから飛び込んできた。タクシーの客に、運び屋をやらされたんです。タバコの袋の中に、シャブがザクザク入っていた。持っていきませんでしたよ。持って行くフリをしてかっぱらって、自分で全部使っちゃった。最初はアブリでね。最初のバッドトリップの思い出があるものだから、どうしても味がいやで、「やっぱり一回は打ってみなきゃ」って思った。好奇心が旺盛だったんですね。それからは、逮捕されるまでどんどん量を増やしていってしまった。
底つき体験
部屋の中をぐちゃぐちゃにしてしまったことがあったな。部屋の鏡を見た瞬間、人が何人もいるように見えてね。カメラがあって、どこからか人が見ている!とかね。こわかったですね。本当に恐ろしくなって、友達に電話して、どうにか落ち着いた。今にして思えば、あれがどん底だったかなって気がしますね。
でも、僕の場合、そんな体験をしていても「あと一回だけ」っていう欲求が強くて、その後もズルズルとやり続けてしまった。
そんな僕にとっては、アパリ入寮がターニングポイントになりましたね。色んな仲間がいますからね。精神症状が出てしまっていたり、幻聴がなかなか止まらなかったり、そういう仲間たちが一生懸命に回復しようとしている姿を見ると、「あと一回」っていうのはもう絶対にありえないんだなっていうことを思います。
施設と提携している精神科クリニックにこの間、連れて行ってもらったんです。そのときに医師の斉藤先生から言われた言葉がショックでした。「自分ではクリーンでいるつもりでも、断薬してから3ヶ月っていうのは、『渇望』というクスリの回路が頭の中に働いてしまう。アツくなりやすかったり、興奮状態になったり、夜眠れなかったり、不安になりやすかったり、そういうのは全部、頭の中のその回路のせいなんです」って。
確かに今の僕は、精神状態が不安定です。これがその「渇望」のせいだと思うと、怖いですね。ミーティングで気持ちを安定させていることが、「渇望」から僕を救ってくれているのだと思います。
心と体の回復
体を鍛えるのが好きで、ベンチプレスなんかをガンガンにやってきましたから、体の回復には自信があります。でも、施設での生活ではむしろ、そんなハードトレーニングよりも適当に心地よく体を動かすことの方が心の回復に繋がるだろうと思って、スポーツ・プログラムなどには積極的に参加しています。
心の回復っていうのは、改めて考えると自信がないですね。どの程度のダメージが自分に残ってしまっているのか、科学的に調べることはできないし。この施設に繋がってから自分がどのように変わってきたのか、自分では分かりませんからね。でも、ミーティングで落ち着きが得られるようになったのは僕にとっては大きな進歩だと思う。
この先、クスリを完全に止めていけるかどうかは、今の僕には誓えませんね。欲求が出てしまっているうちはまだダメだと思う。仲間と一緒にミーティングに出続けて、少しずつ治していかなくちゃいけない。
でも、1ヶ月前に施設に向かう電車の中で、Sさん(筆者)に向かって僕は「絶対に自分の力でクスリを止めてみせる」なんて息巻いていたんですよね。それがいかに無理かということが、今では理解できました。
何もかも他人任せというのではなくて、自分の気持ちの持ちようはしっかりしていなきゃとは思います。何があろうとも止めていくのは、やっぱり自分だから。でも、「自分だけで」と一人きりでムキになって力みかえることが、かえってスリップに繋がってしまいかねない、その矛盾がよく分かったんです。